エンジンからの異音と加速不良及び振動が気になるとのことでZドック入りした車両。チェックしたところまず最初に気になったことが各気筒全体的に圧縮が低いこととバラつきだった。プラグの焼け方もばらつきがあり、ハンドクランキングするとカムチェーンにも異常な遊びが見られた。シム調整も含めまずはヘッドカバーを開けてみることに...すると、驚くことが...

●オイル交換が前提だったのでマフラーは既に取り外し済み。外装外し、ヘッドカバーを開ける。 ●カバーを開けたところ、まず最初に目についたのがIN&EXカム間に位置するトップアイドラー本体が浮き上がり、前方に傾いていたこと。
●驚いたことにトップアイドラーを取り外そうとすると、固定する為のボルトが4本とも殆どトルクがかかっていなかった。又、正規のボルトではなく、それぞれの長さの違うものが使用されていた。理由は以前折れたボルトがヘッドに残った状態のまま再度アイドラーを固定しようとした為と推測する。 ●既にカムホルダーを固定するボルトがホルダー本体から浮き上がっているのが分かるだろうか?他のカムホルダーボルトも殆どトルクのかかっていない状態だった。中には手で回ってしまうものもあった。
●トップアイドラーから始まり、ヘッドの主要部品を固定するボルト類の異常があまりにも多い為、カムシャフトも全て取り外すことにした。「え〜!!!?」と分解作業を進めていた社長が声を上げた。なんと、カムホルダーが真っ二つに割れている!!!ちなみにカムホルダーが割れていたのは一箇所だが他の三箇所もヘッド本体から浮いた状態でカムシャフトの駆動と共に絶えず遊んでいたはずだ。 ●左右のボルトの長さを見くらべて欲しい。右側が正常な長さ、左側のボルトの長さではとてもではないが正規なトルクはかからない。写真左の割れてしまったカムホルダーも適正なトルクがかけられていない状態で、エンジンを回し続けた結果無理な応力がかかり、こうなってしまったのだろう。以前このエンジンを触った人間もまさか割れた状態で組み付けはしないと思うのだが???
●割れてしまっていたカムホルダーのアップ。断面を見ても割れてから結構な時間が経過しているはずだ。
●正確な位置決めに必要なダウエルピンが、殆ど入っていない。理由はピンを入れてしまうとカムホルダーが装着出来ない、なぜか?右の写真を見て欲しい... ●カムホルダーボルト穴を上から見たところ。穴のあいている位置と大きさがそれぞれ違うのが分かるだろうか?だからダウエルピンが入れられないのだ。当然正規の位置にカムホルダーは固定されない。以前このエンジンを触った人間がボルトを折ってしまい、それを抜き取ろうとしたが失敗した跡が伺える。
●今回のオーバーホールでのメインイベントはなんと言ってもやはりこのヘッドだろう。他から流用したカムホルダーが装着され真円がでなくなったためにカムメタル&カムシャフトジャーナルとのクリアランスが不適切なものは以前にも何度か見たことがあるが、今回のようにホルダーが真っ二つに割れていたというケースはあまりお目にかかれないと思う。このまま走り続ければ残った他のカムホルダーも同様な状態になる可能性が大きい、当然エンジンブローとあいなり最悪の場合ヘッドは再利用不可となる可能性があった。今回のケースは間違いなく以前エンジンを組んだ人間の人為的ミスでありまたミスが起こったのにもかかわらずとりあえず走るがための処理を施してあった。組んだ人間もそれを充分承知していたはずだ。カムホルダーボルト穴の修復には結構手間取った。まずは残っていた折れたボルトを慎重に抜き取り、さらに拡大され正規位置からずれたボルト穴を再度掘り起こし、新たにヘッドと同材質アルミを埋め込みボルト穴を空け直し面研しタップを切り直した。精度が要求される部分だけに慎重に作業を進めた。
●結局ヘッドも取り外すことになった。各気筒、ピストンヘッドの焼け方にばらつきがあるのが分かるだろうか? ●アイドラーギアもギア部とベアリング部が剥離しバラバラになっていた。写真はばらけたアイドラーがシリンダー内壁面を削り取った跡。
●シリンダーを取り外し顔を出したピストン。リング間の状態から燃焼ガスの吹き抜けも相当あったはずだ。 ●作業を進めていく中で、どうせならきっちりしたエンジンにしたいとのオーナーからの要望があり、結局腰下までばらすことになった。
●アウトプット側にあるトランスミッションカバーの上部が割れてなくなっていた。相当に弛んだチェーンのまま走っていたが、切れたチェーンが挟まる、又は異物を噛む等と言ったことがない限り割れる場所ではない。 ●これまたビックリ!!! アウトプットシャフトを支える最もトルクのかかるベアリングのボールサポートが外れ内部で落ちていた。
●セルの廻りが悪いとのことから合わせてセルモーターも分解オーバーホール。例外を除き新品に買い換えなくてもリビルトで充分初期制動を復活させることが可能だ。
●磨き込まれたアウトプットシャフト。ギア達。摺動製の向上、各部のクリアランス管理を徹底する事によって、シフトフィーリングの向上が望める。

●クランクケースもブラスト処理&ブラックペイントで綺麗に仕上げる。もちろんシリンダースタッドボルトも対策品に打ち換えた。上下ケースを勘合するためのケースボルトにも数カ所折れを発見した。 ●左が新品のベアリング、右がボールサポートが外れてしまっていた。アウトプットシャフトベアリング。
●両シャフトは磨かれ、痛んでいた2速、5速ギアは新品に交換。 ●磨かれたシフトドラムが取り付けられる。
●ボアアップによって上昇する爆発圧力の増大に備え芯出しが完了したクランクシャフトとメインベアリングボルトもクロモリ製にてスタッド方式に変更し勘合剛性のアップをはかる。 ●フルリビルトされたクラッチハウジングと共にアッパーケースにはめ込まれたトランスミッション。キックシャフトはオーナーの希望により残された。
●クランクシャフト&リビルトされたトランスミッションが組み込まれ上下ケースが閉められた。 ●閉められたケース下から覗いたトランスミッション。仲良く並んだシフトフォークが見える。
●閉められたケースの右側からのショット。リビルトされたクラッチハウジング廻りが綺麗だ。 ●アウトプットシャフトしたに見える小さなスプリング、こいつが結構折れたりする。突然、シフトが出来なくなったり、シフトバーがぐらぐらになったりしたらまずここを疑った方がいい。当然新品に交換済み。
●今回オーバーホールと共に73φへのボアアップを行った。使用したピストンはワイセコ鍛造ピストン、当然バリ取り、エッジ処理を施してから組み込む。 ●ボアアップされたシリンダーピストンが組み込まれ、修復されたシリンダーヘッドが載った。新車のエンジンのようだ。
●フレームに搭載されたエンジン。復活の日は近い。弱った心臓から強靱なアスリートのような心臓に積み換えられた。 ●ワンウェイクラッチもリビルトし、マグネットローターが取り付けられる。MKIIからはステーターコイルとマグネットローターの位置関係がZ1とは逆となり発電容量も上がった。
●キャブレターを取付、エンジンに火を入れる。もしかすると、新車のエンジンよりも静かかもしれない。いつものことながら、ここでやっとひといき、「ふ〜」
●今回作業を進行させていく過程で極力オーナーに立ち会ってもらった上でリビルトを進めていった。分解していきながらオーナーも我々もビックリするような状態に遭遇した。このまま走り続ければ間違いなくエンジンブローしたと思う。オーナーも予想外に出費がかさんだことはショックだったと思うが突然走行中にエンジンブローする事を考えると今回のエンジンオーバーホールは正解だったはずだ。オーナーも永くこのMKIIに乗り続けたいという強い意志から今回のフルオーバーホールに踏み切った。今までとは全く違う生まれ変わったMKIIを手にし、新たなZライフを歩み始めた。思う存分乗り倒してもらいたいとスタッフ一同心から思った。
完成したMKIIにオーナー自ら火を入れる。驚くほど静々と安定したアイドリング音を奏でる愛車に思わず笑みがこぼれた。追記になるが実は曲がりのあったフレームも修正し、レイダウン加工、同時にキャスター角変更を施し今後の足回りグレードアップにも備えた。毎回思うことだが、預かっていた車両の修理を終えオーナーに手渡し、そのこぼれた笑みを目にしたときに我々の仕事は完了し、始めて仕事が終わったという安堵感につつまれる。そしてまた我々の手の入ったZがオーナーと共に公道に帰っていった。