オートバイのエンジンは金属の塊です。
ちなみに我々がメインとしているZ系エンジンの場合、内部で動いている部分はピストンを除いてはほぼ鉄で出来ていますが、その反面エンジンの外観部や可動部分を支えている器となる部分はその殆どがアルミとなっています。
さて、どんな物質も熱を加えると膨張します。その中でもアルミは金属の中でも割と膨張率の高いものとして知られています。
これをZのカムチェーンに絞って、どの様な影響が出るか考えてみます。
空冷エンジンの温度は、水冷エンジンに比較して場所によっての違いが非常に大きい為、全体の平均でいくつとは言えませんが、完全に暖機の終了したシリンダーヘッドに水滴を落とすと、転がり回りながらかなりの勢いで蒸発しますので、100度は遥かに超えています。
例えば夏場にそれ程速度が上がらない状態で走行を続けると、シリンダーヘッドのインテーク側あたりでも180℃に届く場合もざらにあります。
又、比較的エンジンの中では温度の低いクランクケースでも運転中にオイルの温度を下回る事は無いでしょうから、稼働中のヒート気味になったエンジン全体の平均温度を仮に130度とします。
さて、カムチェーンを支えている軸、クランクシャフトとカムシャフトの距離は280mm強あります。
下の図面はサービスマニュアルからの写しとなりますが、この図の上下の水色の線の間隔が280mmという事です。
この間隔はエンジン全体が熱くなるに従い、水色の矢印方向に膨張します。
値としては小さいのですが、2本あるカムシャフトの間隔も微妙に広がります。
エンジンを組んだ時点での気温が15度だったとして、これが平均130度になるとどれ位の変化が出るかです。
エンジン素材に使われる鋳造用アルミ合金AC5AやAC4系の線膨張係数が22.5とすると、クランクとカムの距離だけでも0.8mm弱は伸びます。
ちなみにその間を通るカムチェーンは一周していますので、カムチェーンの軌道距離としては1.6mm程度引き延ばされる事になります。
勿論稼働中のエンジンのカムチェーンも暖まって膨張はします。但し、燃焼室に接しているシリンダーヘッドやシリンダーブロックと異なりますので、その温度はせいぜい油温と同レベルと考えられます。
さて、カムチェーンの素材の鋼の線膨張係数は10.92とアルミの半分以下です。
これで100度迄熱せられたZのカムチェーンの伸びを計算すると、おおよそ0.85mm
そうすると、差し引き0.75mm。
これが大雑把ではありますが、エンジンが運転中に暖まった状態でカムチェーンが余計に引っ張られる分です。
熱膨張率の違いにより、この差が発生するわけです。
ここで例えばですが、組んだ時点でカムチェーンを張るのに全く弛みの無い程に張ってしまうとどうなるか。
鋼で出来たチェーンは多少の力をかけても伸びる事はありません。
しかし、物質の熱膨張によってかかる力は強力です。
そうすると負担がかかるのはチェーンそのものはもちろん、各部でチェーンを支えているアイドラーやカムチェーンテンショナーです。
チェーンをガイドしているのがJ系以降の現行車に至る樹脂やラバー製のスライダーであればその部分で柔軟にストレスは逃げるのですが、アイドラー等を使用するZの場合はこの伸び分を計算に入れて組む必要があります。
特に公道を走るエンジンは上記の計算以上にヒートする場合もありますので。負担は更に大きくなることになります。
又、上の図面で、赤い矢印で押しているのがカムチェーンテンショナーのロッドですが、
もしもこのロッドの先端が金属であったり、チェーンに直接触れているアームのローラーを金属製のギアにしてオートテンショナーで冷間時に遊びの無い状態にしてしまうと、エンジンが熱くなる過程で上記の膨張差はカムチェーン周りのあらゆる部品を痛めます。オートテンショナーはカムチェーンが伸びてしまった分は更にロッドが伸びますので、カムチェーンを完全に伸ばしてオートテンショナーが限界の長さに突き出る迄止まりません。
弊社でオートテンショナーのロッド先端にゴムを埋め込みし、その際に組み合わせるテンショナーアームはゴムローラータイプに指定してるのは、熱くなった際に余計に張られるチェーンのストレス分を逃がす為です。
万が一に予想以上のヒート状態になってチェーンが必要以上に張られた場合でも、ロッド先端やローラーのゴム表面が窪んだり摩耗する事で、チェーンそのものやアイドラー部分を保護する事が出来ます。
ちなみに、弊社のオートテンショナーのロッドを押すスプリングレートはZ1000Mk2の純正オートタイプよりかなり低く設定してあり、必要以上にテンションをかけ続けない様にしています。
さて、レース等やハイチューンのエンジンで、アクセルオフ時のバルブタイミングも正確コントロールする必要がある等の理由からギアアイドラーが装着されたテンショナーアームを使用する場合は構造を理解していただき、冷間時にはむしろ緩めな程度でカムチェーンを調整する必要があります。
この際に使用するテンショナーは自動的に遊びを無くすタイプのオートテンショナーは使えません。
弊社では、ギアアイドラータイプのテンショナーアームも用意していますが、マニュアルカムチェーンテンショナーとの併用を指定しているのはこの為です。
エンジン始動直後には若干緩いかと思える音がする程度、暖機終了時に音が消えるレベルに固定して調整する必要があるからです。