量産レシプロエンジンのカムシャフトの素材は鉄である事が基本ですが、その製法としては鋳造と鍛造の2種類があります。
鋳造は、その名の通り鋳物です。
鋳型に液体状に溶けた鉄を型に流し込み、冷やしたものが素材となります。
流し込む鉄は湯と呼ばれますが、写真のものは1500℃程度です。

鍛造は鍛えるという文字の通り、融解の発生しない程度に熱せられた固体状態の鉄材を頑丈な型に入れ、何度もプレスで強力な圧力をかける事で形状を整えます。日本刀の様に真っ赤に灼熱した鉄材をハンマーで叩き鍛えながら刀身の形にしていく様な方法と言えば分かり易いかと思います。

鋳造と鍛造では鉄素材としての特性が大きく違いますが、鋳造は量産性に優れコスト面で有利です。
この為、現代の一般量産車では鋳造カムが通常です。
対して鍛造は素材密度が高く強靭な為、削り込む事で軽量化が可能になります。
又、熱処理後の表面硬度は鋳造カムに比較して遥かに高い為に耐摩耗性にも優れます。
但し、鍛造用の金型を含むカム素材の製作自体はもちろん、加工や研磨の製造工程でもその硬度の高さから相当にコスト高なものになります。
この為、オートバイ用としての鍛造カムシャフトは現代の市販車ではコストより性能を優先出来るトップカテゴリークラスのスーパースポーツ系にのみ採用される場合が多いです。
さて、Z1〜Z1000J系の純正カムシャフトは実はクロモリ系鍛造素材で製造されていました。
下の方がZ1の純正で、肌の荒さから鋳造と思われている場合もあるかも知れませんが、比重を測定すると明らかに鍛造である事がわかります。
上の物はゼファー1100用純正で鋳造です。

現代から考えると明らかに高コストかつオーバークオリティであったと思えますが、1970年代初頭にZ系が企画された当時、カワサキでは初めてのツインカムフラッグシップであった事と、何より重要視されたのが強度と耐久性や耐摩耗性であった事から、あえて鍛造カムが採用されたものと考えられます。
更にZ1の最初期型は回転モーメントを下げてレスポンスを上げる為、ガンドリルを使用して両端部からの中空軽量加工が施されていました。元々硬い鍛造素材に穴を開けるには流石にあまりにもコスト高という事で初期型以降中空加工はされなくなりましたが、後期のものが1520g/本程度あるのに対して初期型は1330g/本と190gも軽いです。

しかし、Z系J系以降、1980年代中期からのカワサキ車両では排気量や空冷水冷を問わずカムシャフト母材は鋳造で製作されたものが通常となりました。
これは市販車としてむしろ強度や耐久性面でオーバースペックであったZ系の鍛造カムから量産コストを下げる目的があったものと思われます。鋳造でも量産車としてのレベルであれば強度的には問題は無いとされた事と、エンジンの成功向上の為の技術方針の変化もあったのかも知れません。
但し、鋳造カム山の硬度は鍛造に比較すると低い為、正常な使用状況でも徐々に摩耗していくものとなっています。
さて、写真は上が市販品の鋳造ハイカムシャフト。下はZ1純正後期のものです。

ハイカムはエンジンチューニングに使用される物としてノーマルよりも大きな負荷がかかる事もあるのですが、鋳造は鍛造に比較すると脆くなります。大きな力がかかると曲がる事無く折れる事もありますので、強度を保つ為にセンター部が太くされています。
ちなみに後に製作された70年代後半から80年代初期のカワサキのワークスマシンレーサー用カムシャフトには、Z系量産車用の鍛造素材をベースとして製作されたものがあります。
素材の都合でベースサークルを小さくする事で相対的にリフトや作用角を大きくしてハイカム化を行い、更に内径穴を初期の10mmから12mmに迄拡大加工する事で更に軽量型とされています。
同製法のカムシャフトがカワサキの市販レーサーにも組み込まれて販売されていた事を考えると、純正の鍛造素材そのものは過酷なレースにそのまま使用が可能な強度品質であったという事でしょう。
写真に写っている左のものは同じ素材がベースでも明らかに穴が大きく薄く、最大リフトは10.5mmと現代のST2と呼ばれる各社のカムより高いものになっています。

又、実際に工業試験場にて各時代の純正カムシャフトのカム山部分硬度を測定すると、鍛造のZ1系がHRC55〜60あるのに対し、以降の車両に使用された純正や市販の鋳造カムではHRC35〜45と、山部分に硬化処理が施されていても依然大きな差があります。
全体の素材密度や硬度そのものが違う為、カムシャフトを試験用ハンマーで叩いてみると音の違いは明らかで、鋳造品と比較して鍛造カムは澄んだ高音が長い時間響き続ける事がわかります。
ちなみに使っているのはハンマーの樹脂側です。鉄側で叩くと鋳造カムは窪んでしまう為です。同じ力で叩いても純正カムは傷一つ付きません。
Z系純正のカムシャフト。
レースにそのまま使用可能なレベルの強度と、後の鋳造カムに対しても大幅な耐摩耗性も併せ持つ鍛造カムを大量生産を前提の車両に採用したとは、今になって考えれば大変贅沢な事をしたものですね。