先月末、入庫整備車両のヘッド締め付け中に起こったシリンダースタッドボルトの引き抜け。
クランクケース側に埋め込んであるシリンダースタッドが抜けてくると言う事は、ケース側のアルミの雌ネジが劣化して崩壊してしまったと言う事になります。
劣化の原因は様々ですが、熱的に苦しいヘッド部のカムホルダー程の頻度では無いものの、たまに出合うトラブルです。
問題は、これがオーバーホール前提の分解中に起きたのであればともかく、整備でヘッドを締め付けている最中であったと言う事です。
ヘリサートで雌ネジ修理するにも、シリンダースタッドボルトは長い上にそれがアッパーケースのシリンダーブロック面に対して完全に垂直でなければなりませんが、ハンドドリルでそんな加工は無理なので、本来であればエンジンを降ろして腰下を完全に分解し、アッパーケースを内燃機加工業者に持ち込んでフライス盤等に角度調整しながら固定して平面を出しての下穴加工とヘリサートコイル用のネジ山加工をする必要があります。
そうなると、スタッドボルトのネジ山修理の為だけに、費用は最低でもオーバーホールの為のエンジン脱着と分解組み立ての基本工賃並みにかかってしまいます。
そこで、何とかシリンダーブロックの取り外し迄はヘリサートコイルの挿入の為行うとしても、それ以上のコストと時間をかけずに適切に修理する方法を考えます。
これが、シリンダースタッドを抜いた後のスルーホールです。
本来この穴の中心にスタッドが抜ける様に立っている必要があります。
ドリルと、ヘリサートコイル用のロングタップを垂直に立てる為のガイドを作ります。
外径寸法は同じで、内径のみ異なる2種類を作らねばなりません。
シリンダーブロックのスルーホールに当てて、下穴ドリルを回転スピードを調整出来るハンドドリルで慎重に廻します。
ケース側のこの部分のスタッド穴は内部には貫通していないので、切り屑が内部には落ちないのは幸運でした。
専用に取り寄せたヘリサート用ロングタップは、先端の細い1番です。
ガイドをタップ用に交換して、シリンダーブロックの穴中心を通る様にケース側に雌ネジを切ります。
そのあとシリンダーブロックを取り外し、今度は仕上げ用の3番で下穴の底まで雌ネジを完成させます。既に角度は出ていますので、切り屑を散らさない様にゆっくりと掘り足します。
ヘリサートコイルは、最も長い3スケアのもの。
ケース側の負荷も分散されるのと、スタッドボルトとのネジ山全てに勘合する事で、耐久性を確保します。
ヘリサートコイルの入ったところに、ネジロックは厳禁です。固まってコイルがネジ山に貼り着くと、次回スタッドを抜く際にコイルごと引き抜けて、ケース母材に大きなダメージを与える場合があります。
そこで、ネジロックの代わりにテフロン系のシールテープを厚めに巻いて緩み止めにします。
無事にスタッドボルトが立ちました。
シリンダーブロックを乗せても、スルーホールの中心をボルトが通っています。
ヘッドを載せて、ヘッドナットを規定のトルクで締めて一安心です。今回修理した場所以外には今のところ締め付け感触のおかしな場所はありませんでしたのも幸運です。長年使って母材の痛んだエンジンの場合、一か所直して締めたら今度は他の場所というのが珍しくありませんので。
これで何とか、ヘリサート修理一か所の為にエンジン降ろして分解という事態だけは避けられました。